床に散らばっている中から適当なジーンズを拾い上げ、バサバサと振ってからそれをはいた。さて、上には何を着ようかな、なんて迷っていると、風呂の方から誰かがやって来た。
「よう! 突然で悪いが、重大な話だ!」
 やって来たのは僕だった。ただ、髪型は違っていて、チリッチリのパーマだった。そして、ぜんぜん似合っていなかった。
「おい俺! 俺に俺って呼びかけるのも変だな…。二人称でいいな。おい、あなた! なんか違うな。まあいいや。これから美容院に行くつもりだろう?」
 その通りだ。3時に美容院の予約を取ってあるのだ。だがこいつ、何故それを…?
「今何を考えたか分かるぞ。だってお前は俺だからな。答えを言うと、それはタイムマシンを使ったからだ。」
「そうか、なるほど…」
「そんな事はどうでもいい! この後キョーコちゃんとデートなのにな、こんな失敗した髪型で行けるか! いいか? お前は美容院に行っても、パーマはするな。カットとカラーだけにしとけ! 分かったか?」
 そうだ。今日の夜、キョーコちゃんとデートの約束もあるのだ。それなのにあんなカッコ悪い髪形で行けるもんか。
「わかった。パーマはやめておく。」
 僕がそう言うと、パーマの失敗した僕はニッコリ笑って、そのまま消えてしまった。きっと未来が変わったのだろう。ここは忠告どおり、カットとカラーだけにしておこう…。
「おいおい待て待て待てよ! まさかカラーを頼もうなんて思っちゃいねえだろうなあ!?」
 トイレのドアがバァンと開き、僕がやって来た。髪が真っ赤だった。言っちゃ悪いが、ぜんぜん似合っていなかった。
「お前は主体性がなくて言われるがままだからな、こうやって俺みたいに髪を真っ赤にしちゃったりするんだ! 阿呆め!」
 なんで自分自身に罵られなきゃいけないのか分からなかった。目の前の僕は、自分自身に言っているんだと気がつかないのだろうか…? と思ったら、目の前の僕は頭を抱え、うつむいてしまった。気がついてしまったようだった。

「とにかく! カラーはやめとけ! カットだけにしとけよ。いいな?」
 僕がうなずくと、髪の毛が真っ赤な僕はニッコリ笑って、そのまま消えてしまった。っていう事はなんだ、カットだけすればいいんじゃないか。
「それは違うぞ!」
 ベランダから僕がやってきた。テクノカットだった。やっぱり、ぜんぜん似合っていなかった。
「店の中でいい感じのテクノが流れんだ。それを聞いて、『これイイですねー!』って言うとな、そこからテクノ談義に流れ込む。そのまま気がつけばテクノカットにされるからな! だから、店のにーちゃんとは一切喋んなよ! 分かったか!?」
「分かった…」
 ニッコリ笑ってテクノカットの僕は消えた。じゃあ、終始無言で切ってもらえばいいって事…?
「ノーだ!!」
 キッチンから声が聞こえた。慌ててキッチンへ行くと、換気扇のところから、僕が頭を出していた。スポーツ刈りだった。ビックリするくらい、ぜんぜん似合っていなかった。
「機嫌を損ねた店のにーちゃんに、スポーツ刈りにされ…」
 言い終わる前に、スポーツ刈りの僕は消えた。
「そこで変な考えを起こすんじゃないぞ!」
 慌てて冷蔵庫のドアを開けると、ドレッドヘアーの僕が凍えていた。ぜんぜん似合っていなかった。僕はそのままドアを閉めてしまった。たぶん消えたろう。
「自分で勝手に選択肢を絞るんじゃない!」
 乾燥機の中で、弁髪の僕が回っていた。ぜんぜん似合っていなかった。面白かったのでしばらく見ていたけれど、すぐに動かなくなった。死んだんだろ。そして消えた。
 自分自身のヘアカタログを一瞬にして見たのだ。そしてどれも似合わないのだ。
「くそったれ!」
 僕は押入れを開けてこの間作ったタイムマシンを取り出すと、美容院に予約を入れようとする僕を止めに出発した。