あまりの熱弁に、壇上を仰瞰で映していたテレビカメラにまで唾液が飛び、レンズに水滴がついた。NHKでこのような放送を流しているという事はおそらく、報道の自由は既に彼らに掌握されているという事だろう。日本全国津々浦々、水金地火木土天海冥、焼肉定食千円丁度、公共放送がモザイクボカシ一切なしで男の裸体を映したことなど、今までなかったのではないか。それにしてもいつの間に今の政府は倒されたんだろう。昨日のニュースでも、予算審議の滞りを報じていた気がしたが…。あれ、汚職問題だったか、それとも外交問題だったかな…。政治のニュースだけはきちんとやっていたと思うんだけどなあ。意外と政治の事なんて、気にしているフリをしているだけで実際は興味がないのかもしれないなあ。だけど、こんな非常事態ならば自衛隊か警察が動くだろう。全裸クーデターなんて聞いた事もないが、あっという間に取り押さえられて府中なり小菅なりにぶち込まれるに決まってる。
「万歳! 万歳! 万歳!」
 おや、壇上で万歳している男達の中に首相もいるぞ。どうなってるんだこれ?
「諸君! 元来人類は全裸であった。それが何だ、異性というものを気にして性器を守り、そこからおかしくなった。男女の違いなど性器の差のみで、地位は常に等しいはずなのだ。脱げ! 今すぐ脱げ! これからは男女差別など全くない、開かれた未来がやってくるのだ! 万歳!」
 壇上には、テレビでよく見かけるナントカ大学のT先生とかいうヒステリックなオバサンがいた。全裸で万歳している。いくら金を積まれてもあんな事はしない先生だ、こりゃきっと本物だぞ…。
「着衣で外出した者には容赦なく発砲します。お気をつけ下さい。着衣で外出した者には容~赦…」
 ちり紙交換よろしくパトカーが街中をのたくり回っている。なんて手回しの良さだ。相当の下準備を経てクーデターを起こしたに違いないぞ。
 家の外に出てみれば、全裸の人間が実に爽やかに歩いている。おお、全裸犬。おお、全裸猫。おお、全裸鳩までいるじゃあないか。みんな全裸だ。戸惑いも何も感じなかったのだろうか? 思案しつつしばし歩いていてふと気がついた。歩くたびにぺたぺたと音がする。おお、僕も全裸だ。そうか、ここまで自然な事だったんだなあ。
 それにしても、政権が変わったというのに驚くべき適応力だなあと思う。政府の体勢に保守的なのではなく、自分の生態に保守的なだけなのだ。全裸を強いられてもおとなしくそれに従いさえすれば、後は他の生活が変わる事なんてないんだもの。政府が言う事に間違いはない。ヤンヤヤンヤ、あっぱれ全裸。この変革も手回しが良かったのではなく、自発的な行動なのだろうな。
 駅へ辿り着けば、おっぱいがいっぱいだ。もう破廉恥だとか猥褻だとかそんな問題じゃない。僕は駅前のベンチに腰掛け、流れゆく裸体の群れを見つめる。全裸なのだよ? なぜそこまで無表情なのだろうか。男前なのだろうか。美人なのだろうか。僕はなんだか、自分の顔を晒しているのが恥ずかしくなってきた。僕は傍らのゴミ箱から、手ごろな紙袋を見つけてそれを被った。丁度良い高さに2つ、湿らせた指先でくりぬいて小さな穴を開ける。この街の中では、僕だけが匿名の存在。僕は箱男か。素晴らしい。
 僕の存在に気づき、ひとり、またひとりと顔を覆うやつが出てきた。日本各地でそのような流れが起こったらしく、数日のうちに全裸国家の国民はすべて顔を覆ってしまった。
 肉付きのよさ、プロポーションのよさが美人であるか否かの判断基準になったりした。全てが変わった。歩くたびに耳元がガサガサ鳴る事について、いまだいささかも疑問を感じないのか。いや、感じながらもまたいつかクーデターの起こる日を待ち、今日もコンクリートをぺたぺたと歩いていくんだ。