※香料発生機能つきのパソコンをお使いの方は、下線が引いてある単語の上にマウスカーソルを乗せて頂くと、その香りをお楽しみになる事が出来ます。

娘がテーブルに備え付けられたボタンを押すと、一家の待つ5番テーブルにはすぐにウェイトレスがすっ飛んできた。
「お決まりですか?」
爽やかな笑顔を振りまいてウェイトレスが微笑みかける。
たらこスパゲティー。」と娘がメニューに目を落としたまま呟くと、ウェイトレスは「はい、たらこスパゲティーがおひとつ。」と復唱しながら、エプロンから取り出したハンディターミナルのボタンを押してピッという電子音を鳴らせる。ウェイトレスは続いての注文を待つが、テーブルに座っている一家は娘を除いてまだ注文を決めあぐねている様子だ。やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、父親は母親にメニューを見せながら尋ね始める。
「この、エビフライハンバーグのタッグマッチと、和風おろしステーキのどっちがいいと思う?」
ウェイトレスを無視して母親はメニューを覗き込んだが、そのどちらのメニューも彼女の興味をそそる物ではないらしく、双方の値段を見比べて「エビフライハンバーグのタッグマッチ。」と答えると自分の手にしているメニューへと視線を戻す。だが父親はすぐに彼女の思考を察知し、エビフライハンバーグのタッグマッチの方が和風おろしステーキよりも270円安い事に気づくと「和風おろしステーキ!」と威勢良く注文をした。
「はい、和風おろしステーキがおひとつ。」
ピッという電子音をかすめるようにして母親は「私はエビフライハンバーグのタッグマッチにするわ。」と父親を横目で睨んだまま彼への当て付けのような注文をする。
「はい、エビフライハンバーグのタッグマッチがおひとつ。」
ピッという電子音を鳴らしたウェイトレスは、まだ注文をしていない小学生くらいの少年の方へ顔を向ける。メニューのページをせわしなくめくり続けている少年、つまり息子の頭には、メニューの内容が全く入ってきていない。父親はウェイトレスを待たせていることにやっと気がつき、済まなさそうに声をかける。
「すいませんねえ、どうもメニューが多くて迷っちゃって…」
「いえいえ、構いませんよ。」
「しかしファミリーレストランってところはまあ、何でもありますね。カレーライスもあるしハンバーグもあるし鉄火丼うどん蕎麦、さらにはデザートまで揃ってる。食の宝庫ですねエ。」
「そうですねえ…」と所詮アルバイトでしかないウェイトレスが困りながら答えていると、息子は顔を上げ「ぼく、これ!」と叫びながら、右手の人差し指でメニューをぐりぐりと擦りつける。
アメリカンハンバーグには、150グラム200グラム250グラム1ポンドとありますが、いかが致しましょう?」
ウェイトレスが事務的に答えるのを聞きながら、父親は母親に尋ねる。
「おい、ポンドって何だ?」
「松竹梅の松みたいなモンでしょ。」
「何だそうか。」
「じゃあぼくポンド!!」
「はい、アメリカンハンバーグ1ポンドがおひとつ。」
午後5時から12時までの勤務時間中はこの店舗の一部であり歯車でしかないウェイトレスは、無知な息子に1ポンドの大きさを教えてやる事もなくマニュアル通り爽やかにピッという電子音を鳴らすと、さらにマニュアル通りにセットメニューを勧める。
「ところでお客様、全て単品でよろしいでしょうか? プラス250円でライスパンとお代り自由なドリンクバーがついたセットに出来ますが。」
ライスパンに、ドリンクバー!? そんな贅沢な事が出来るのか! つくづく食の宝庫だ、うわはははは!」
父親が笑うと母親も娘も息子も「わっはっは!」と続く。
「ドリンクバーってなにがあるの?」
無邪気な息子の問いかけに、ウェイトレスはにこやかに笑って答える。
コーラオレンジジュースアップルジュース野菜ジュースウーロン茶麦茶紅茶コーヒーなどがありますよ!」
コーラは、コカ・コーラだよね?」
「いいえ、ペプシです。」
「最悪だ…」
途端に一家はションボリとしてしまう。一家の落胆の仕方が面白かったウェイトレスは、彼らを再び元気づけようと、さらに付け加える。
「プラス300円ですと、さらにお代り自由なスープバーとサラダバーもつきますよ!」
「ぜ、贅沢だあああ! なんて贅沢なんだあああ! 贅沢は敵だあああ! じゃっ、その300円のセットを4つ!」
「かしこまりましたア! しかし、しかしですよ? プラス400円ですと、300円のセットに加えてデザートがつきます! さらに500円のセットの場合、お子さん用のオモチャと、お持ち帰り用のおみやげまでつくのです!」
「ギャア! 進め1億火の玉だア! 500円のセットを4つ。」
「パパー、ぼくウンコー。」
「トイレなら早く行って来い。」
息子は足早にトイレへと駆けていった。
「では繰り返します。たらこスパゲティーがおひとつ、和風おろしステーキがおひとつ、エビフライハンバーグのタッグマッチがおひとつ、アメリカンハンバーグ1ポンドがおひとつ、500円のセットがよっつ。以上でよろしいでしょうか?」
一家はハモって答える。
「ヨロシイデス!」
ウェイトレスはお辞儀をすると厨房へと向かう。厨房ではコックシンナーを吸っている。ウェイトレスは長いをいじくりながら注文をコックに告げると、コックは業務用冷凍庫から『たらこスパゲティー』とマジックで書かれたを取り出し電子レンジへ放り込むと『解凍』スイッチを…。

※香料発生機能のついていないパソコンをお使いの方は、下線が引いてある単語の上にマウスカーソルを乗せても何も起こりませんのでご了承下さい。