「ウィオーンウィオーン!」
 また金属探知機が間抜けな音を上げた。探知機のリングを持ち上げ、反応を示した辺りを見てみると、土の盛り方が周囲と若干異なっていた。金属片に反応したのではないみたいだった。すぐにノンカから無線が入った。
「あったか?」
「あった。」
 地雷処理班で実務にあたっている者は、皆大きなバックパックを背負っていて、金属探知機が反応すると、バックパックの左側面上部に付いている黄色いランプが点滅する。だから、地雷を発見すれば、周りの者にもすぐにそれが分かるのだ。
「半径がかなり大きいから、たぶんPoK-16だと思う。」
「ヒマワリか…。1人で処理できそうか?」
「2回やった事がある。たぶん大丈夫だ。」
 言ってから、しまったと思った。ノンカはまくし立てるように言った。
「たぶん、だと!?」
「すまない…。絶対、だ。絶対に大丈夫だ。」
「たぶん、で処理されちゃたまらないんだよ。俺達の任務は…」
「絶対でなければならない、だろ。分かってる。失敗なんかしない。するもんか。」
「二度と、たぶん、なんて言うなよ。」
「分かったよ。すまなかった。」
「ああ…」
 ノンカはまだ言い足りないみたいだったが、それ以上言葉が出てこないみたいで、乱暴に無線を切ってしまった。500メートル以上向こうに見えるノンカの背中を、しばらく僕は眺めていた。ノンカは足元のラインを動かし始めた。
 ノンカは仕事に忠実なのだ。規律表を飲み込んでそのままインプットしてしまったのではないか、とすら思った事がある。そりゃあ、こんな作業をしている以上、不真面目にやっているわけにはいかないから、僕だって真剣にやっている。けれど、いざ地雷の取り外しにかかる時は、やっぱり恐ろしいのだ。万が一の事があった場合を考えてなのか、地雷を処理するのは常に1人きり。さらに、処理にあたっては班長に連絡を入れ、周囲300メートル以内から他の班員を退避させる。僕はその度に、孤独死しそうになる。
 ノンカは、恐ろしくないのだろうか…。
「班長。こちらJ-af。座標X00213、Y06042で対戦車用地雷を1つ発見。只今から処理を行います。」
「了解、J-af。すぐに周囲300メートル以内に避難勧告を出す。そのまま作業にあたれ。」
「はい。」
 ふん、周囲300メートル以内にあるのは、探知終了区域を示すラインだけじゃないか。だいたい、周囲300メートルより外が安全圏なわけないじゃないか。班長は2キロ先のテントにいるから、そりゃあ安全だろうけどな。
 ヒマワリは破壊力が極めて大きい。僕は右腕のパネルを構え、衝撃シールドのレベルを最大限まで上げた。排気口を閉じ、両足を揃え、ヒマワリの中心めがけて飛び上がる。入射角はキッチリ90度。爆風が巻き起こり、僕は吹き飛ばされた。
 地面に叩きつけられると、立ち上がって衝撃シールドを切る。バックパックの黄色いランプが割れたみたいだが、他に損傷はないみたいだった。ランプは前々から耐久度に問題があると言われていたので、処理は成功といって良いだろう。
「成功したよ。」
 ノンカに告げた。
「当たり前だ。」
 事も無げにノンカは言った。
「ノンカは…」
「うるさいな。俺も今から処理しなければいけないんだ。切るぞ。」
 ノンカは無線を切ってしまった。見れば、杉並木の下でノンカの黄色いランプが光っていた。「怖くないのか?」と聞いたら、ノンカは何と言うだろう。また「俺達の任務は絶対でなければいけない」とか言うのだろうか。とても僕にはそんな台詞を吐く事は出来ない。だからだろうか、僕はノンカに、憧れのようなものを抱いていた。
 ノンカが飛んで、爆風が巻き上がった。何かが弾けた音がした。ドン、ドン、と何かが地面に叩きつけられた。地雷の破片じゃない。ノンカの破片だった。
「ノンカ!」
 ラインの為に随分迂回して、僕は並木道のところへ立った。くぼんだ黒土の隅っこで、ノンカの頭が僕を見上げていた。
「やっちまったよ。入射角が浅かった。」
 ノンカは笑った。僕は笑えなかった。
「知ってるか? ものすごい装甲の、キャタピラ付きの奴が作られたって話。」
「いや…」
「キャタピラでさ、不明区域をガリガリ走るんだとさ。地雷を踏んでも吹き飛ばない。今までよりずっと楽に地雷が処理できるみたいだ。そうしたらもう、こんな事しなくて済むんだ。」
「ノンカ。エンジニアを呼んでくるよ。」
「やめとけ。メモリーがイッちまった。殆どデータなんか残っちゃいないよ。」
 ノンカは死ぬ。メモリーに異常をきたした奴は、皆廃棄されるからだ。ノンカの頭を見たときからそんな気はしていたけれど、その事実が確実になった今、僕は何を言えばいいのか分からなかった。

「キャタピラの奴が来たら、お前ももっと楽な業務につけるだろうな。」
「ノンカ。ノンカは、地雷処理が怖くなかったのか…?」
 またノンカは怒るかなと思った。でも、ノンカは怒らなかった。
「怖くなかったよ。処理自体はな。」
「え?」
「処理は作業だから、別に怖くはないんだ。ただ、不特定多数の誰かを殺傷する為の物が設置されているって考えると、たまらなく恐ろしかったよ。敵も武器もない時代に、この地雷だけが、誰彼構わず牙を剥いているんだ。地雷と向かい合うたびに、吐き気がしたよ。」
 意外だった。ロボットの中でも特にロボット然としたノンカが、そんな事を考えていたなんて…。

 ノンカが死んで、寂しくなった。2ヵ月後にはキャタピラの奴らがやって来て、僕は前線からテントへと移り、無線機の前に座る事になった。奴らのお陰で、作業はぐっと速くなったらしい。僕やノンカが前線にいた頃の、3倍の速さだと聞いた。
 あちこち穴の開いた田園地帯を見つめていると、ノンカが死んだのは無駄だったのかな、と考える事がある。その度に右肩のネジをなでる。ノンカの破片から拾い、こっそり交換したのだ。ノンカのネジをはめてみて、僕はノンカが好きだったのだと知った。
 既に滅んだ人間達の後始末を僕達ロボットがやっているっていうのは、未だにロボットが人間に隷属しているって事じゃないのだろうか。楽しげにテントを出て行くキャタピラの奴らを見ていたら、そんな事を考えた。無線機の前に座っていると、とにかく色々な事を考える。キャタピラの奴らはいちいち無線で報告をしないし、班長もそれについて何も言わない。だから、僕がこの場にいてもいなくても、何ら変わりはないのだ。
 また遠くで爆風が上がって、穴がひとつ増えた。キャタピラの奴らは、地平線に溶けそうな程、遠くの方まで行ってしまっている。もうそろそろテントを前進させるべきだろうな。